最終更新日:2026年10月22日
情報確認日:2026年10月19日
「2人目の出産で入院する間、上の子はどうしよう?」と悩んでいませんか。わが家では、上の子(当時3歳7か月)は面会できず、5日間を実家で祖父母とパパと過ごしました。ビデオ通話は1〜2日に1回、20分くらいです。元保育士で2人の子の母のわたしが、コロナ禍だった1人目の出産とも比べながら書きます。
結論:上の子は実家で祖父母とパパと過ごし、ビデオ通話でつながった
- 上の子の面会は、できませんでした。病院のルールでした。
- 上の子は、わたしの実家で、祖父母とパパと過ごしました。里帰り出産でした。
- ビデオ通話は、1〜2日に1回、20分くらい。困ったことはありませんでした。
- 陣痛が始まったとき、これから起こることを全部話して、ぎゅっと抱きしめました。
- 退院の日、上の子はわたしをスルーして、赤ちゃんへ一直線でした。
1人目と2人目の入院は、こんなに違いました。
| 1人目(2020年6月) | 2人目(2024年2月) | |
|---|---|---|
| 時期 | コロナ禍(緊急事態宣言中の出産) | ― |
| 入院 | 5日(総合病院) | 5日(産院) |
| 部屋 | 大部屋3日 → 個室2日(個室は空いていなかった) | 個室 |
| 立ち会い | できなかった | 夫が立ち会えた |
| 面会 | 両親もできなかった | 実家の両親はできた。上の子はできなかった |
| 上の子 | まだいない | 実家で祖父母とパパと過ごした |
※面会や立ち会いのルールは、わたしが入院した病院の、そのときのルールです。病院や時期によって違うので、通う病院で確かめてください。
入院中、上の子はだれが見た?
わが家は里帰り。実家で祖父母とパパと5日間
2人目も、わたしの実家に里帰りして出産しました。
入院中、娘はわたしの実家で、おじいちゃん、おばあちゃん、パパと過ごしました。
いちばん心配だったのは、夜です。娘は、パパとママ以外と寝るのが初めてでした。
実際、陣痛の日の夜は、なかなか寝ようとしなかったそうです。夜11時くらいまでリビングにいて、限界がきて、おじいちゃんと寝ました。

でも、寝てからは夜泣きもせず、朝までぐっすりだったそうです。ビデオ通話でも困ったことはなく、安心して実家に任せられました。
家族に頼れないときは、住んでいる区市町村に聞いてみる
わが家は実家に頼れましたが、頼れない家庭もあると思います。
国の案内(内閣府 男女共同参画局)では、子どもを一時的に預けられる仕組みとして、次のようなものが紹介されています。
| 仕組み | どんなものか(国の案内より) | 聞く先 |
|---|---|---|
| 一時預かり事業 | 家庭で保育を受けることが一時的に難しくなった乳幼児を、認定こども園・幼稚園・保育所などで一時的に預かる | 自治体の子育て担当課、または利用したい保育所など |
| 子育て短期支援事業(ショートステイ) | 保護者が病気や疲れなどで子どもを育てるのが難しいときなどに、児童養護施設などで預かる | 自治体の子育て担当課 |
| ファミリー・サポート・センター | 育児の手助けを受けたい人と、手助けをしたい人が会員になって助け合う | 自治体の子育て担当課 |
対象の年齢、料金、日数、出産が理由で使えるかは、区市町村ごとに違います。出産の前に、住んでいる区市町村の子育ての窓口で確かめておくと安心です。
ちなみに、わが家も退院の日は、娘が一時保育に行っていました。
陣痛が来たとき、上の子にどう伝えた?
元保育士として、「これから起こること」を全部話した
陣痛が始まったのは、夕方の18時ごろでした。
病院に向かう前に、娘にこう話しました。
「パパとママは病院に行って、赤ちゃんを産んでくるから、おじいちゃんとおばあちゃんと待っててね。今日はおじいちゃんと一緒に寝るんだよ。パパは明日すぐに帰ってくるからね。ママは赤ちゃんの準備が終わったら赤ちゃんと一緒に帰ってくるから、それまでパパとおばあちゃんとおじいちゃんと待っててね」
だれと待つのか。今日はだれと寝るのか。パパはいつ帰ってくるのか。ママはいつ、だれと帰ってくるのか。
これから起こることを全部話して、娘が心配にならないようにしました。そして最後に、ぎゅっと抱きしめました。

保育士として決めていた「お姉ちゃんが第一」
わたしが決めていたのは、お姉ちゃんを第一にすることです。話を聞くのも、ある程度の「これがしたい」を聞いてあげるのも、お姉ちゃんが先です。
赤ちゃんは、まだ自我がありません。安全を確かめたうえでなら、少しのあいだ泣かせておいても大丈夫だと考えていました。

それよりも、大きな環境の変化にまさに向き合っている、お姉ちゃんの心のケアを大事にしました。
妊娠中は、エコー写真で「この丸いのが赤ちゃんだよ」
妊娠中から、赤ちゃんのことは少しずつ話していました。
健診のたびにもらうエコー写真を見せて、「この丸いのが赤ちゃんだよ」と伝えました。家族として迎えるのが楽しみになるような声かけを心がけました。
出産の準備では、男の子の洋服選びにも付き合ってくれました。
プレゼントや手紙はあげなかった
上の子へのプレゼントや手紙は、用意しませんでした。そのかわり、安心できるように抱きしめました。
面会と立ち会い:1人目(2020年)と2人目(2024年)の違い
1人目(2020年):立ち会いも、両親の面会もできなかった
1人目の娘は、2020年6月、コロナ禍の中で生まれました。
妊娠が分かった直後から、立ち会い出産が難しくなりました。これはもうどうしようもない、とすぱっとあきらめました。
夫を東京に残して、わたしの実家に里帰りしていました。立ち会いはできず、入院中はわたしの両親でさえ面会できませんでした。
入院は5日。総合病院で、食事は病院食でした。お祝い膳もありました。
部屋は個室を希望していました。でも空いていなくて、最初の3日間は大部屋でした。最後の2日間だけ個室が空いたので、移ることができました。
1人目の産後、心がつらくなった
わたしは元保育士です。1クラス30人の幼稚園で担任をしていたこともあり、乳幼児のいる保育園でも働いていました。
だから産む前は、「子育て?1人の子だけ見ていればいいんでしょう?楽勝」と思っていました。
でも、1人目の産後、わたしは心がつらくなりました。産後うつと診断され、区からお手伝いさんを派遣してもらいました。
わたしの場合は、区から「お母さん最近どうですか、眠れていますか」と、定期的な様子見の電話がありました。そのときのわたしの第一声は、「どうせ誰も助けてくれないんでしょ」でした。
普段は、こんな言葉を誰にも言ったことがありませんでした。でも夜泣きで、朝も昼も夜も寝られず、また次の日が来る。それでも一人で面倒を見ないといけない。どうにもならない諦めと疲労から、本音がもれてしまいました。
その一言だけだったのに、心と体の警告に気づいてくれた保健師さん。本当にありがとうございました、という気持ちです。
わたしと同じように、いま「どうせ誰も助けてくれないんでしょ」と思っているお母さん、お父さん、保護者の方。全部をどうにかしてくれるわけではないけれど、ほんの少しだけどうにかしてくれる人、どうしたらいいか一緒に考えてくれる人が、必ずいます。地域にもよりますが、助けてくれる制度があるかもしれません。
それでも、自分から声をあげられない気持ちも分かります。むしろ、そういう方にどうにか届けたくて、わたし、はねしまはこのブログを立ち上げました。

物理的に育児のお手伝いは、どうしてもできないけれど、はねしまはいつもここにいるからさ。毎日育児をがんばっているみんなでさ、どうにかこうにか、毎日を過ごしていきましょう。
2人目(2024年):夫が立ち会えた。上の子は面会できなかった
2人目のときは、夫が立ち会えました。
一緒にがんばった感があって、本当に立ち会ってもらってよかったです。
夫も、出産の話になると毎回のように言ってくれます。

立ち会いしてよかった。本当にがんばっていた。陣痛の合間に気絶してたもんね
生まれたのは明け方でした。夫は立ち会いのあと、そのまま帰りました。
入院中は、実家の両親は面会できました。でも、上の子(当時3歳7か月)は面会できませんでした。
面会のルールは、病院によって違う
1人目と2人目で、面会と立ち会いのルールはまったく違いました。わたしの場合は、時期も病院も違います。
上の子が面会できるか、夫が立ち会えるかは、病院や時期によって違います。通う病院に、早めに確かめておくのがおすすめです。
上の子とのビデオ通話は、1〜2日に1回、20分くらい
話したのは、ドレスと髪型のこと
ビデオ通話は、1〜2日に1回、20分くらいでした。
そのころ娘は、プリンセスのドレスや髪型がブームでした。

今日はおばあちゃんに、こんな髪型にしてもらったんだよ
と髪型を見せてくれたり、ドレスをひらひらさせて見せてくれたりしました。

寂しがった?ママのことは聞かれなかった
ビデオ通話で、娘からわたしのことを聞かれることはありませんでした。
通話のあとに泣いたり、寂しがったりすることもなかったそうです。困ったことはなく、安心して実家に任せられました。
個室で5日間。2人目は「ひとりになれる」のがうれしかった
2人目の入院は、個室で5日間でした。
個室料を払ってでも、個室にしてよかったです。とても快適でした。

2人目になると、ふだんはひとりになれる時間がありません。5日間もひとりになれたのが、本当にうれしかったです。
産院の考え方にも助けられました。母子同室の産院でしたが、こう言ってもらえたんです。
「お母さんは休んでて。赤ちゃんと一緒にいるのは、授乳のときだけでいいから。退院したら毎日一緒にいるんだから。入院しているときこそ、思いっきり休んで回復しなきゃ」
授乳のとき以外は、赤ちゃんを預かってもらえました。
1人目の病院では、赤ちゃんを預かってもらえるのは、お風呂のときだけでした。1人目の産後、わたしは「産後のママを休ませるために、赤ちゃんと少し離れる時間があればいいのに」と思っていました。だから2人目のときは、本当に感動しました。
赤ちゃんを預かってもらえるかどうかは、病院によって違います。気になる人は、出産する病院に聞いてみてください。


個室には、トイレとシャワー、洗面台がついていました。



入院中の一番の楽しみは、毎食のごはん
入院中の一番の楽しみは、毎食のごはんでした。
1人目の総合病院よりも、2人目の産院のほうが、明らかに豪華でおいしかったです。からしをアクセントにしたソースなどもあって、「帰ったら家でも試そう」と思いました。
寝ていても3食出てくるのは、本当にありがたかったです。

退院の日、上の子はママをスルーして赤ちゃんへ一直線
退院の日、娘は一時保育に行っていました。
娘が帰ってきて部屋に入ると、わたしが迎えて、ゆりかごに赤ちゃんがいる、という形でした。
5日ぶりです。どんな反応をするか、どきどきしながら、両手を広げて待っていました。
ところが娘は、わたしを完全にスルー。一目散に、ゆりかごの赤ちゃんのところへ行きました。

赤ちゃんだ…!かわいい!

と、飛び跳ねて喜んでいました。


退院の日は、チャイルドシート(クラウドT)を使いました。赤ちゃんを乗せたまま家に運べて、本当に買ってよかったです。
そのあと:お世話をしたがったので、手伝いながらやらせた
それからの娘は、赤ちゃんのお世話をしたがりました。
- 赤ちゃん用の布のガラガラを、一生懸命振って見せる
- おむつを替えたがる
- ミルクを飲ませたがる
全部は上手にできません。なので、できるだけ手伝いながら、やらせてあげました。


2〜3週間後から、赤ちゃん返りが始まった
退院して2〜3週間たったころから、娘はすごい赤ちゃん返りをしました。
- わたしの言うことを、わざと聞かない
- 玄関の靴を投げる
- 思い通りにならないと、泣き叫ぶ
それまでは、こんなことはありませんでした。
赤ちゃん返りのとき、わたしがしたこと
娘のやりたいことは、できるだけやってあげました。
でも、弟のお世話もあります。そこで、「できること」と「できないこと」の範囲を、自分の中でしっかり決めました。決めたことは守って、できないときは「できない」と伝えました。

そして、娘の寝かしつけは、毎日すべてわたしがしました。そのときに、娘が話したいことを全部聞くようにしました。
わが家の赤ちゃん返りは、半年ぐらい続きました。
持ち物は?1人目は大荷物で「何しに来たの?」と言われた
1人目のときは初めてだったので、YouTubeなどの「入院の持ち物リスト」を見ながら用意しました。
すると大荷物になってしまい、助産師さんに言われました。

何しに来たの?
わたしは「産みに来ました…」と答えました。
2回の入院で、持って行ってよかった物、いらなかった物は、別の記事でまとめる予定です。
まとめ
2人目の出産入院のあいだ、上の子がどう過ごしたか、わが家の場合をまとめます。

2人目の出産は、上の子にとっても大きな環境の変化です。わたしがいちばん大事にしたのは、お姉ちゃんの心のケアでした。これから2人目を迎えるママ・パパの参考になればうれしいです。
あわせて読みたい
→ 2人の子とのお出かけのマザーズバッグ(1)
→ 2人の子とのお出かけのマザーズバッグ(2)
この記事を書いた人
はねしま。元保育士です。幼稚園で1クラス30人の担任をしたことがあり、乳幼児のいる保育園でも働いていました。いまは、2020年生まれの娘と2024年生まれの息子を育てています。
この記事で参考にした資料(2026年10月19日に確認)(タップで開く)
- 内閣府 男女共同参画局「子育て支援」(一時預かり事業、子育て短期支援事業、ファミリー・サポート・センターの説明) https://www.gender.go.jp/policy/no_violence/e-vaw/jiritushien/kosodate.html
- こども家庭庁「子ども・子育て支援制度 制度の概要」 https://www.cfa.go.jp/policies/kokoseido/outline

コメント